女は女である

雑記帳

プールで溺れる

美しいことば、をみたとき、舌触りのよさ、のどごしのよさ、のようなものを感じる

それはことばがかかれているときでも、音として発せられているときでも同じような感覚。美しいことばは、なめらかでここちよく、それでいて歯ごたえもきちんとある。 

 

アンニュイな気持ちを楽しめる程度にわたしはナルシストだ。

 

いろんなことに気づくのが早いっていうことが、いいことなのかわからない。

 

ものごとの存在価値を問うのは、「なんで生きているのか」という問いと同じようにどうしようもないことなのだ。考えたところで、生きることを辞められる訳ではない。つづけるしかないのに、問いをしたところで何になるんだろう。答えがでないことでやる気がうんとなくなってしまうこともある。自分なりの答えができればとても良いモチベーションにはなるのだけれど。

だから、そういうことをいちいちぐちゅぐちゅとかんがえないよようにしようと思っているよ。

 

わたしのこころは、ある日を境に動きにくくなったと思う。それは感受性がなくなったというわけではなくて、なんだろう、いろんなものを溜め込んで、重くなって、プールの底にずっと沈んでいる、という感じ。