女は女である

雑記帳

箱庭の手入れに勤しむ

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 調子が悪いときって、自分だけの箱庭の手入れにせいいっぱいになってしまう。自分の認める美しいもの、惹かれる人、気に入った本の一節、映画のモノローグなんかを集めて、きれいに配置したような箱庭。すべてがある秩序にもとづいて配置されているし、自分だけが管理者だから、すこしでも均衡を失えばもろく崩れてしまいそうだ。だから自分が異物だと認めるようなものや人へ過度な拒否反応が生まれる。

 大学に行くと、違和感が私の心からあふれだして、それに浸食されたからだの器官という器官がじゅくじゅくと落ち着かなくなってくる。キャメルのショート丈のアウター、安っぽいポリエステルのブラウス、足をきれいに見せない雑な竹の小花柄のフレアスカート、黒いタイツに安っぽい茶色の靴。下ろした茶色の髪と、マスカラを塗ったまつげ、道化みたいに塗りたくったチーク、赤ん坊の前掛けみたいな安っぽくて幼稚な雰囲気のヘアアクセサリー・・・そういう女性が多すぎる。自分に似あう格好をすればいいのに、型でつくったように同じ外見の子が多い光景をみると、いっしゅ気分が悪くなる。男の子だって同じようなもの。エンジ、カラシ色、カーキ、黒、灰色、紺の色合いの服を着て、髪を染めてワックスで手入れさえすればいいと思っているのかなと思っちゃう。なんで気持ち悪いと思ってしまうのかはわからない・・・でもそこはかとしれない、「わからなさ」から生まれるような恐怖に苛まれてしまう訳。

 そもそも箱庭を作るのは、そういう環境をつくらないと自分という存在が崩れてしまいそうになるからだ。元気なときは、身ひとつで世界にとびこんで、いろんなものにぶつかったとしても、自分でいられる。でも調子が悪いときは、外と自分との境界線が曖昧になってしまうから、自分を定義してくれるようなもので身を固めたくなってしまうのだ。むかし何かの雑誌で、バッグであらゆるものを持ち運ぼうとする用心深い人は不安なのだと読んだことがある。財布くらいしかもっていなくても、頭さえ使えばなんとかなるでしょうに。

 とにかく今わたしはいっぱい本を読みたくなったり、こういうふうに文章で自分の世界を構築したくなるので、すごく疲れているんだろうな、って思っているわけ。

 

 この曲いいなー

 

 


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