女は女である

雑記帳

牧師の娘であるということ

 私はクリスチャンじゃない。だからといって、まったくクリスチャンじゃないとも言い切れない。キリスト教に対して特別な愛着を抱いている一方で、教会で生まれ育った中で経験したことにより、あいまいな、複雑な感情も抱いている。
 牧師の父と、クリスチャンの母の間に生まれた私は、教会の中にある牧師館の中で育った。小さい頃は金沢にある教会で、今は東京の教会で暮らしている。付属の幼稚園で多くの賛美歌を覚え、クリスマスにはページェント(生誕劇)の練習をし、小学校にあがってからも毎週日曜日には教会学校に通ったものだ。
 ものごころついたときから、聖書のお話も賛美歌のひびきも、とても気に入っていたのをよく覚えている。バベルの塔、ノアの箱船、ヨセフの夢分析モーセ出エジプト、英雄ダビデゴリアテ、髪を切ると力を失う強者サムソン・・・挙げればきりがないほど、繰り返し読みかえした物語がいっぱいある。あまり身近でない食べもの、たとえば種なしパンやぶどう酒、からしだね、いちじくが出てくるたびにどんな味か想像していたものだ。ディズニーで映画化されてきたようなおとぎ話たち(多くはうるわしい少女と王子様の恋物語という王道)もたしかに魅力的だったけど、西洋とはあきらかにちがう雰囲気をまとった聖書の物語たちは、どこかエキゾチックで、強烈な魅力があった。
 賛美歌の、落ち着いたリズムも好きだった。毎週毎週繰り返し歌うものだから、賛美歌は100くらいは覚えてしまったと思う。ハーモニーのたのしさを知り、老若男女のうたごえがまじわったあのくぐもった合唱の声を好きになった。
 教会の良さは、年齢に関係なく人々と交流できるところだと思う。教会員の多くは大人で、その中でも特に高齢者が多い。そして、それにそのひとりひとりが異常な程にやさしいのだ。わたしがどんなにわがままを言おうと、ゆるしてくれる。精神的な障害を抱え、まわりに迷惑になるような行動をしてしまう人に対しても、ゆらがないあたたかなまなざしをあたえてくれる。相手がどんなことをしようと、あたたかい態度で迎える。それが当たり前のことだとわたしは思っていた。キリスト教の教義はあたたかく、そして正しかった。
 
 でも、その教義は学校という「世俗」の社会で生きていく上では役に立たなかった。逆にわたしが社会に適応することを一段と難しくしていた。
 キリスト教と離れた世界、つまりふつうの公立小学校は、わたしにとっては異質なものに感じられた。学校では、コミュニティの生成員がみんな同じ子どもで、会話も、皆が好きな音楽やテレビ番組もとてつもなく速いリズムでできている。ゆっくりと耳を傾けるコミュニケーションに、ゆっくりしたテンポの賛美歌に慣れていたわたしは、そのスピードにあぜんとした。
 
 小学校の世界で大切だったのは、優しさや正しさ、あたたかさなんてものじゃなかった。多数派になり、味方を増やすことが大切だった。優位にたつには、やさしさやただしさなんかより、みんなにウケるような面白さや、腕っ節の強さ、外見の可愛らしさ、ときには、友人に対してきっぱりと悪口を言い放てる才能も必要とされていた。つまり畏れられること、優位にたつことが大切だった。強くならなければならなかった。強さこそが神だった。
 小学校の社会と、教会で信じていたことと、ふつうの世界には大きな隔たりがあった。いま使えることばでいうならば、現実の世俗世界では、相対的な「正しさ」のほうが絶対的な正しさより大事だったということだ。教会の、真っ白な温室のようなやさしい世界から、世俗の無機質でときにいじわるな世界に慣れること、強くなること、ものごとにいちいちこころを動かさないようになるということが、この世界で生きて行くということだと思うようになっていた。そう考えているうちに、教会の説教はどこかのおとぎ話にしか聞こえなくなってしまった。教会へ毎週行くことはなくなったし、父が毎回唱える食前のお祈りは聞き流すだけのものとなってしまった。
 大人になって、強さこそが世界を支配しているなんて、そこまで極端に考えることはなくなったけれど、やはり教会の教義と現実の世界との乖離にキリスト教からは距離をおいている。