女は女である

雑記帳

パリ20区、僕たちのクラス(2008・仏)

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「パリ20区、僕たちのクラス」

2008年、第61回カンヌ映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した本作。

巨匠写真家ウィニー・ロニスに街角の風景を収められた写真集がカルト的な人気を博すパリの20区は、パリの中でも移民の多い庶民的な下町として有名。

この映画の舞台となるのは、パリ20区のとある中学校の教室。国語教師のフランソワ先生と、彼が担任する24人の生徒の新学期からバカンス休暇までの、教室での一年間が描かれている。

とにかくこの映画はリアル!事前知識なしで見たら絶対にドキュメンタリーだと思ってしまうくらい。それもそのはず、登場する子どもたちは皆演技未経験なのだ。劇中の名前も本名、7ヶ月のワークショップを経て選抜した子供たちと、監督自ら一人一人とじっくり面談してから配役を決めたからか適役ばかり。 成績優秀なフランス人の少年、数学が得意な中国人や、ヒップホップルックのマリ人の不良少年・・・。人種も宗教も家庭事情も多種多様な24人の子どもたちは、国際色が増していくフランスの混沌を象徴しているかのよう。三者面談をしても、フランス語ができない親に子どもが翻訳しなければいけなかったりする始末。

パステルカラーのマカロン、ブランドのバッグ、美男美女の白人のカップルを連想するようなありがちなフランス像とは正反対の、雑多でリアルなパリ。グローバル化っていうと、アメリカをイメージしてしまうけど、フランスだってどんどんグローバル化してるのだ。 いろんな出自の子どもたちが一緒くたに教室に座っている光景は、日本の学校では全く見られない。 こういう映画を見る人は娯楽なんて期待してないと思うけど、学園モノにありがちな感動なんてない。だから「泣ける映画」を求める人は観ないほうがいい。金八先生みたいな熱血教師は出てこない。フランソワ先生もワガママな子どもと口論しているうちにぽろっと侮蔑的な言葉を発してしまうような、ふつうの人なのだ。そもそも、先生に完璧さを求めるのはメシア待望論に近いのかもしれない。

本当は、聖人のような先生なんているわけがない。 退学処分になって(おそらく)故郷のアフリカへ送り返される問題児、学年の終わりに、「私、この一年間で学んだものは一つもありません。何一つ、新しいことは覚えませんでした。でも、就職組になるのは嫌です」という少女。先生に無力感を与えたに違いないこの二人の生徒は、教育が子どもにできることの限界を痛いほど感じさせる。劇中に登場する生徒たちの問題は、何一つ解決されない。

それでもフランソワ先生は教育に取り組み続けなければいけないのだ。その中でも時折見える、熱心に勉強に取り組む生徒の姿、褒められた問題児が見せるあどけない笑顔に思わずじーんと感動し、こういうことがあってこそ、先生は先生を続けられるのかもしれない、と思ったり。 教育関係者、またはいやでも学校関わらなくちゃいけない学生たち、いやでも学校を忘れられない大人、にはオススメの映画。

ところで、原題は”Entre les murs”、直訳にすれば「壁の間」。確かに原題そのままだと教育映画だってこともわからないし、フランス映画だってことも分からないけど・・・。「僕たち」の「僕」ってだれなんだろう、とか考えちゃいました。最近の邦題のむりやりな改変は疑問。題も作品のパーツの一部でしょうに。